16.【草原と雲に包まれて】曲紹介

Original曲・紹介

2022年10月02日、16曲目「草原と雲に包まれて」をYouTubeにアップしました。画像は画像編集ソフトPhotoDirector365の「フォトアニメーション」機能を用いて、手前の草が風でなびく動画を静止画から作成し、それを別の背景画像と組み合わせる形の動画としました。いずれも著作権フリーの写真をダウンロードして作成しました。
曲に関しては、ストロークで入っているアコースティックギター伴奏のスチール弦の乾いた音が個人的には気に入っていますが、ちょっと高音の金属音が強すぎたかもしれません。これらは今後に改善要です。そして、もう一つ動画作成で大きな失敗をしてしまいました。2番の背景がゆっくり動くシーン。背景の一番上に黒枠の線が残って出ています。これは原画を動かす設定をした時に、画面設定が少しずれてしまったのでしょう。2番でずっと出たままなので拡大解釈して意識的に残した?と苦しい言い訳も出来なくもありませんが、やっぱり今見ると違和感大で完全な失敗です。これでも画像編集している時は全く気が付きませんでした。(いつものように?)動画をアップしてから気が付きました。これも今後に改善:要・要:🪀です。

この曲は北海道旅行をした時(別投稿「北海道旅行(2):襟裳岬-夜中のヒッチハイク(再プチ奇跡?))https://o-chan-dtm.com/small_miracle-2/727/参照)、訪れた道東・野付半島周辺の広大でかつ広陵な風景を見て感じた印象を表現したいと思い作成しました。
 昔、伊勢正三さんの「風」というフォークデュオグループの「地平線の見える街」という曲が発表された時、日本で数少ない地平線が見えるのがこの一帯じゃないかという話になった事を記憶しています。

 曲は3/4拍子です。世の中に出ている曲は圧倒的に4/4拍子が多いと思いますが、3/4拍子でも森繁久彌さん/加藤登紀子さんの「知床旅情」、松山千春さんの「良生ちゃんとポプラ並木」等の名曲もあります。以前から一度3/4拍子の曲作りにチャレンジしたいと思っておりましたが、丁度訪れた野付半島のイメージがこの3/4拍子とフィットしました。

この曲に対しては詞の中に「生きる」という事に関して、北海道の自然をなぞって私の個人的な主張を少し入れております。
 北海道・野付半島一帯の風景を見た時、北の大地で(松山千春さんみたいな言い方になってしまいますが)厳しい自然の中、寒風、風雨に晒されて松の木は枯れても、その下の土の中では多くの生命が長く厳しい冬を乗り越え育んでいる。彼らは春が来るまでじっと土の中で耐え忍んでいる。(生物学的には彼らは土の中が温度、湿度的面を含めて生活する環境に適しているからだと思うので、耐え忍ぶという表現は適切ではないのかもしれませんが・・)、彼らはあえて厳しい外気にその身を晒すのではなく、冷たい風に晒されない土の中で自分の生きる場所を見つけている。
 私達の人生においても厳しい風に曝されて大変だったら、
・一旦地下に潜って身を潜め、風が収まるまで待っても良いんじゃないか?
・無理してその道を進むより、別の道を捜す選択種もあるのではないか?
との思いを歌詞に込めました(詞では主人公が自分で気が付いた形にしております)。

 昭和世代、特に私が教育を受けた頃は
・「逃げる事は負ける事」 「恥じる事」
・「立ち向かってこそなんぼ」
みたいな感じで、TVドラマでも主人公は逆境や体制にめげず立ち向かい、それが格好良い形で放映されていたと思います。でも、果たして実社会においてこのようなTVドラマの主人公のように逆境や体制に立ち向かって勝ち抜く事が出来る人がどれだけいるのでしょうか? 実際、私自身を振り返っても、
・「その先の事を考えてしまうので(その時だけではなくずっとそこで継続して生きて行かなければいけないので)、反抗したり喧嘩をしてしまうとその先が却って大変)」
の理由より
・「何とか穏便に我慢して自分なりに折り合いをつける」
で過ごして来ることが多かったです。これでしばし自己嫌悪に陥る時もありましたが、歳を取るにつれ、それで何とかなるのだったらそれは恥じる事ではないのではないかと思うようにもなりました。
 
TVドラマのように「気に入らない相手と河原で殴り合って、最後、夕陽を浴びながら両方草の上に倒れ込んで笑顔で握手」って本当にどれだけの確率であるんでしょうか?

 もし本当に大変な時は、やり過ごす事、別の道を捜す事も選択種の一つで、それは恥じる事では無いのではないか、
・「春を待つ術は幾つもある」
・「生きて行く道はひとつじゃない」
と・・・。

2023年6月23日にTVの林修さんの「日曜日の初耳学」という番組にさだまさしさんがゲスト出演されていて、さだまさしさんも全く同じようなこと
「子供達にもいじめられたら逃げよう。逃げるが勝ち。誰か見方が一人いれば人生直せる」
と話されておりました。
全く同感です。 一方で「逃げる」事を選択する事自体がかなりの勇気を必要とするとも思っております。「逃げたら良い」と思っていても踏ん切りがつかない、そしてそのままの所に留まっているという場合も多いのではないかと思います。
そんな時、誰かその人の話を聞いてくれる人、相談に乗ってくれる人がいると良いですね。さだまさしさんがおっしゃっている「誰か味方」というのは、この人の事も含んでいるのだと思っております。

ちなみに、北海道野付半島へは弟子屈町を経由して行った記憶があります。弟子屈町にはふるさと納税で毎年ささやかではありますが寄付をさせていただいております。(本当は返礼品の蟹が結構良いのが目的ですが)
このふるさと納税でちょとした失敗をしてしまいましたが、それはまた別の機会に。

~今回はこの曲への思い込みについて、ちょっと語りすぎてしまったかもしれません。短い詞ですが色々な思いが込められているとご理解頂いて、ご了承を~

詞/曲:O-Chan

どこまでも果てしない 地平に昼がる緑の帯
この大地に誇らしげに しっかり根を張り生きている
 はるか異国から吹き込む風 草原と雲に包まれて
 足元には巡る命が それぞれの形で生きている

理不尽さに憤っても 戦う勇気を持てもせず
自分の事嫌いになった 生きる事さえ嫌になり
 草原よ雲よ広い台地よ 僕の悩みさえちっぽけだった
 駄目な時は逃げ出して良い 春を待つ術は幾つもある
 
 生きて行く道は 一つじゃない

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