【あの古い道】視聴回数1,000回ありがとうございます。

Original曲・紹介

2022年10月30日にYouTubeにアップした【あの古い道】が2023年年11月11日に視聴回数1,000回に到達しました。縁起の良いことに11月11日に1,000回で[1]続きです。この曲を聴いて下さった全ての方々、及びいつも視聴頂いている私の友人に深く感謝致します。本当にありがとうございます。(本当に縁起が良いと言うならば、本当は11月11日に1,111回ですね。さすがにそこまでは・・、でも別曲「夕暮れにて」が11月11日に1,119回でした。少しだけニアミス)

この曲は曲の紹介記事を既にアップしておりますので、1,000回到達感謝記事を曲の紹介記事とは別にここで投稿させて頂きます。

この曲はYouTubeにアップしてから1,000回到達までに1年と12日を要しました(到達がもう1日早ければ1年と11日:もうひとつニアミス)。この曲は自分では思い出の曲の一つではありますが、一方で正直な所、曲としては地味な分類に入る方だと思っていたので、1年余りでの視聴回数1,000回到達に感謝と共に少しびっくりもしております。聴いて下さった方々、本当にありがとうございます。
いつものように、これまでの視聴回数の推移を視聴回数1,000回に到達した他の曲と一緒に下のグラフに示します。赤色の線がこの曲です。

この曲も2023年6月下旬の視聴回数増加の波に乗って視聴回数が増加しているのが解ります。視聴回数推移に関して、これもいつものように横軸をアップした「日時」ではなく、単純にアップした後の「日数」に変えて下のグラフに示しました。矢印で示した先、赤色の線がこの曲です。
曲をアップしてからの初期の視聴回数に関しては1,000回に到達した他の曲よりも少ない状況で推移しております。これもこの曲が「地味」と自分自身で思っているように、他の曲に比べてアピール性が劣っているということが多分あるのでしょう。実際の所、YouTubeに投稿した動画自体もアピール性に乏しかったと自分でも思っています。

でも曲投降後、240日経過した頃の視聴回数増加(2023年6月末)の波に乗り、最終的には「Georgeは永遠に」とほぼ傾向を同じくして視聴回数1,000回に到達しました。全くの個人的見解ではありますが、一見地味な曲ではありますが、じっくり聴くとそれなりに味が出てきて懐かしさを感じ、聴いても飽きない、聴けば聴くほど良さが解って来るような曲ですので(すみません、自分の曲を自画自賛してしまいました。全くの親バカです)、もしかしたら聞いていただいた方も私と同じような感覚をこの曲に抱いていただいたのかもしれません。
 この視聴回数1,000回突破記念を兼ねて、ご視聴頂いた方へこの曲のお礼ショートVersionの動画をアップしました。もしよろしければ一度ご覧下さい。

この曲の紹介記事を投稿した際、紹介記事に記載した内容以外にもこの曲作成に関しての逸話があり、それはこの曲の視聴回数1,000回の感謝記事用に取っておくとしてお伝えさせて頂きました。これからはその逸話についてお伝えさせて頂きます。

このOriginalの曲も学生時代に作成しました。まずはソングスコアを下に示します・・
といつもならなるはずなのですが、実はこの曲はソングスコアがありません。楽譜を作っていないのです。コード進行はごくシンプル、オーソドックスなもので、メロディと歌詞は頭に残っており、ずっと「そら」で歌ってきたのですが、肝心のソングスコアを書いておりませんでした。ソングスコアが無い極めて珍しい曲になります。実は、YouTubeに投稿した曲で、他にもソングスコアが無い曲があるのですが、その曲はその曲の紹介記事の時にお伝えさせていただきますね。
YouTube投稿に際してOriginalの詞を少し修正しました。変える前lの詞は次の通りです。ソングスコアがなくても今でも「そら」で出てきます。

(タイトル)山野辺の道      詞/曲:O-Chan

君と初めて出会った頃は 霧にかすんでいた山野辺の道
遠い夢を石ころ蹴飛ばして 話し歩いてたね晩秋の午後
 枯れかけている道端の木に 柿の実が一つ浮かぶ
 季節の流れに逆らうように
 あどけのない君の仕草に 心がときめいていた
 遠いあの頃 遠い日々よ・・

君に初めて手を触れたのは 都会(まち)へと向かう駅のホーム
手紙書くよと約束をして 小指きっていたね見送りの午後
 発車のベルが鳴り響いてる ホームの階段の上
 見えなくなるまで手を振っていた
 明日から戻る互いの生活 人混みにまかれながら
 ため息ついて外を見てた・・

 今では君はエプロン姿 僕の横であの笑顔
 古いアルバム懐かしそうに
 目じりの皺を少し気にして また歳を取ったと言う
 写真の二人は変わらないまま

君と初めて出会った頃は 霧にかすんでいた山野辺の道

Original曲のタイトルは「山野辺の道」。この曲の紹介記事でお伝えした通り、奈良・山野辺の道が舞台です。Originalの詞の中にも「山野辺の道」と地名が出てきます。お察しの良い方はこれまで私がお伝えしてきた事との矛盾に気が付かれたかもしれませんが、私の「詞の中に地名を出す場合はそれに特別な意味が無い場合以外は控えた方が無難」というポリシーとこのOriginalの詞は反しております。実は私は、学生時代は詞の作成に苦労することが多く、安易に地名を入れた詞を頻発して作っておりました。地名を入れるとそれだけである程度の文字数が埋まりますから。
でもこの曲の場合、自分の思い出で「山野辺の道」と付けて、山野辺の道に行った事がある人ならイメージが沸くかもしれませんが、行った事が無い人は「山野辺の道?」「山に沿った道?」という感じでイメージを抱くことができませんし、詞自体、山野辺の道でなくても成り立つものですから「山野辺の道」は逆に曲の可能性を狭めていると思ってYouTubeアップの際はタイトルと詞を変えました。

また今見返すとちょっと「古く」かつ「くさい」詞ですね。
昔は連絡の手段として手紙がありましたが、今は「手紙書く」ってちょっと古いですね。
「小指きっていたね」は「指切りげんまん」の表現で使いましたが今の若い人この表現解りますかね? もしかして「契り」でヤクザのイメージ?みたいに誤解する人もいるかもしれませんね。
また、今はホームで発車のベルって鳴りませんよね。昔は「ジリリリ~」って鳴ってました。

私の友人は知っている事ですが、これは私が家内と出会った時の事を詞にしたものです。私が学生時代、晩秋の奈良を訪れた時、宿泊したユースホステルで仲が良くなった数人と次の日に「山野辺の道」を一緒に歩きました(昔のユースはこんな感じでしたね)。その中の一人に後の家内がおりました。その時はとてもすごい霧が出ていて崇神天皇陵は天皇陵の先は霧で見えない位深い霧でとても幻想的でした。Originalの詞では二人が一緒になって歳を取って、古いアルバムを懐かしく見ている設定になっております。

友人からはこの曲を「奥さんと思い出の曲、奥さんへのメッセージソング」と言われる事がありますが、こう言っては元も子もないのですが、残念ながらこれは家内へのメッセージソングとしては作っておりませんでした。家内にこの曲を聴かせたのはただの1回だけですね。しかも、その時は家内はあまり興味は示しませんでした。
大体、自分で作った曲を恋人に聞かせて聴いた方が「うっとり」というような平成初期のトレンディードラマのようなシチュエーションは実際の所はかなりレアなケースかと・・・。
実際に私の場合はそのような状況は残念ながら一度もありませんでした。プロの歌手並みに良い声で人を魅了する歌い方が出来れば別ですが、私の場合はカラオケBoxでの採点で点数は全国平均以下、録音した自分の歌を聴くといたく劣等感・・でしたので・・。
更に恋人へのメッセージソングとして「目じりの皺を気にして・・」なんて歌ったら百年の恋も一瞬で冷めてしまうでしょう。(YouTubeに投稿した曲の詞は、この曲の紹介記事 20.【あの古い道】にアップしておりますので、もしよろしければそちらもご覧下さい)

私の場合は自分の経験を土台にしてそれから発想を広げて詞の場面を展開してゆくと言うスタイルで詞を作る事が多く、この曲もそのようにして作成した曲の一つでした。
ただ友人は、Originalの詞ではなく、YouTubeにアップした詞しか知りませんので、そのイメージを持ったのだと思います。その意味では、YouTubeアップに際して詞を変えた時にこの曲は初めて家内へのメッセージソングなったのでしょう。

このブログ記事の投稿を行なう少し前2023年の11月末に曲の舞台、晩秋の奈良・山野辺の道を再度訪れることができました。この曲の英語詞版「The Memorial Road」の動画にネットからダウンロードして用いた「額田王の歌碑」の写真が気に入っていたので、自分でもその場所を一度訪れたくて、日程的にはかなりきつかったのですが半ば強引に山野辺の道を歩きました。
自分でもびっくりしたのですが私はこの場所を過去に2度程素通りしておりました。気が付かなかったのは、私は2回共、桜井方面から天理方向へ歩いていたのですが、下に示した「額田王の歌碑」の写真は逆方向、天理方向から桜井方向へ向いて撮られたものです。歩いている時に振り返って後ろを見ればこの綺麗な歌碑を含んだ風景に気付いたのでしょうが、その時はその風景の良さに全く気が付きませんでした。

歌碑は思ったよりも小さくて写真の方が実物よりもずっと大きなイメージに映ります。歌碑基準で見ると結構映える場所なのかもしれません(あ、英語詞版の紹介記事用の逸話を先取りして記載してしまいました(汗))。
そして、この場所にたどり着くまでに道に迷ってしまい、地元の方に「額田王の歌碑はどこですか?」と聞いたのですが、以外と知っている方が少なくスマホで写真を見せて「あ、それならあの場所」という感じでした。それも当然ですよね。でも道案内して頂いた方、ありがとうございました。私と同じようにちょっと道に迷っていた他の方もおられましたので。

私が歩いた時はコロナも明けてハイキングをされている方も多数おられたのですが、オーストラリア人夫婦が同じ方向をずっと歩かれており、頻繁に抜きつ抜かれつつが続いたので、行きがかり上挨拶と会話をしながら少しの間一緒に歩きました。
ご主人から年齢を聞かれ正直な誕生日を答えたら、たまたまご主人は私と同じ歳(こんな偶然ってあります? ・・あるか・・)。ただ彼の方が3ヶ月程私より先に生まれていて彼が奥さんに「なんて事だ! O-Chanは俺と同い歳だ。でも俺の方が3ヶ月先輩だ!」と自慢気に話してました。
「こんな事で自慢するなよ」とは思いましたが、一方で私だったら「俺の方が若い」って同じようにおちょくって遊ぶから一緒だなと思っていました。
その夫婦が休んでいる時に「気にせず先に行って良いよ」と話されたので、そこでお互いの連絡先を交換することもせず別れましたが、このようにごく最近、家内と出会った山野辺の道でまた違ったひとつの小さな出会いを経験しました。

季節と時間は動いているのですね。前に娘からも言われましたが、私の時計も少しずつ前に進めなければいけないと思いました。

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